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東京地方裁判所 昭和46年(行ウ)107号 判決 1972年9月27日

原告 宏和ビル株式会社

被告 芝税務署長

訴訟代理人 森脇勝 ほか四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和四五年五月三〇日付で原告に対してした昭和四三年一二月一日から同四四年一一月三〇日までの事業年度分法入税の更正処分のうち、所得金額三八七万〇四三七円を超える部分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、不動産賃貸業を営む法人であるが、昭和四三年一二月一日から同四四年一一月三〇日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)分法人税について、被告に対し、所得金額を三一四万二五八三円と申告したところ被告は、同四五年五月三〇日付で原告に対し、その所得金額を五一六万九八三七円とする旨の更正処分(以下「本件処分」という。)をした。

2  原告は同年七月八日国税不服審判所長に対し本件処分についての審査請求をしたが、同四六年三月二三日付で右審査請求を棄却する旨の裁決があつた。

3  しかし、本件処分における所得金額のうち、雑収入計上もれと認定された二一九万九四〇〇円の部分は、本件事業年度における原告の収益とはならないものであるから本件処分は右の限度において違法である。

4  よつて、被告に対し、本件処分のうち、右の雑収入計上もれと認定された一二九万九四〇〇円の部分(所得金額三八七万〇四三七円を超える部分)の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

請求原因1、2の各事実および同3のうち、本件処分の所得金額の中に雑収入計上もれと認定された一二九万九四〇〇円の部分が含まれていることは認めるが、その余の事実は争う。

三  被告の抗弁

原告の本件事業年度分所得には、原告において争わない三八七万〇四三七円のほかに、次の雑収入計上もれと認めるべき一二九万九四〇〇円の所得がある。

すなわち、ビル貸室の賃貸借に際し、賃借人が賃貸人に差し入れる保証金または敷金がその賃料に比べて比較的多額であり、しかも、契約終了時に当該保証金等の中の一定金額ないし一定割合の金額を、貸室の償却費にあてるとの名目で賃貸人が取得するものであるときは、償却費部分は権利金の性質を有するものであつて、保証金等のうち、契約に基づく貸室引渡し時において既に返還されないこととされている償却費部分は、右時点において賃貸人の益金とすべきものであるところ、訴外東洋ジヨイント株式会社ほか四名(以下「本件賃借人ら」という。)が本件事業年度に原告との間に締結したビル貸室賃貸借契約(以下「本件契約」という。)に基づいて原告に対し預託した保証金および敷金の額は、別表のとおり右ビル貸室賃料(月額)の二一ないし二五倍に達しているうえ、そのうち一定割合ないし一定金額である償却費部分は、本件契約の解除または終了のいずれの場合においても、本件賃借人らから原告に対し支払われることとされていて、右償却費は、その際原告から賃借人らに返還される保証金等の額から控除されることは明らかであるから、右償却費部分は、原告のビルの賃貸借期間にかかわらず、本件契約により原告が貸室を本件賃借人らに引き渡した日の属する本件事業年度の益金として確定したものというべきである。

四  抗弁に対する原告の認否および主張

1  抗弁事実のうち、本件賃借人らが原告との間に締結した本件契約に基づき原告に対し別表のとおりの保証金および敷金を預託し、別表のとおりの償却費の定めがあることは認めるが、その余の事実は争う。

2  本件賃借人らが.原告に預託した保証金等は、償却費部分をも含めて、将来返還すべきものであるから、その返還を要しないことを前提とする被告の主張は失当である。

すなわち、賃貸人たる原告は、本件賃借人らに対し保証金全額について預り証を発行し、かつ、会計処理においてもこれを預り金勘定(負債勘定)として処理し、他方本件賃借人らは右預り証を受領したうえ、会計処理においてもこれを預託金勘定(資産勘定)として処理しているのであつて、原告と本件賃借人らとは、ともに保証金等の全額を将来返還すべきものとして授受していることは明らかである。

なお、本件契約中の一部の契約(別表1ないし3の賃借入にかかるもの)に「保証金の一割を償却費として支払う」旨定めたのは、単に償却費の算出方法を約定したものであつて、保証金中の償却費部分について返還義務のないことを定めたものではないのである。ことに、星野国際特許事務所の場合、保証金は年二分の利息を付して契約期間満了までの間に返還されるべき約定であること、および高速録音株式会社の場合、償却費が保証金額と関係なく、二〇万円と定められていることからしても、償却費が保証金の一部であり、かつ、返還を要しないものであるとはいえないことが明らかである。

3  本件契約によれば、これらの「償却費」は、賃借人がその責に帰すべき事由により契約を解除され、または期間満了により契約が終了した場合に、賃借人にその支払義務が発生するものであるから、賃借人の償却費債務は停止条件付債務であつて、契約締結時ないしは貸室の引渡し時にはまだ効力が生じておらず、したがつて、賃貸人である原告の本件事業年度における収益とはならないものである。(ことに星野国際特許事務所の場合、償却費の額は一五年後の期間満了時の家賃月額と定められていて、その間に額の増減、変動が予想されるのであるから、この点からも停止条件付債務であることは明らかである。)

第三証拠関係<省略>

理由

一  請求原因1(本件処分の存在)および同2(不服申立前置)の各事実は、当事者間に争いがない。また、本件処分のうち原告に本件事業年度分として三八七万〇四三七円の所得があつたとする点は、当事者間に争いがない。

二  そこで、右所得のほかに原告に被告の主張する本件事業年度分の一二九万九四〇〇円の所得があつたかどうかについて以下考察することとする。

1  原告が、本件契約に基づき、本件賃借人らから別表記載のとおりの保証金および敷金の預託をうけたことおよび本件契約には同表記載のとおりの償却費(合計一二九万九四〇〇円)についての定めがあることは、当事者間に争いがない。

2  そこで、右償却費が本件事業年度(昭和四三年一二月一日から同四四年一一月三〇日までの年度)の所得に該当するか否かについて検討する。

(一)  法人税法上、課税の対象となる所得とは、当該事業年度の益金の額から同年度の損金の額を控除した金額とされ、右益金の額は、別段の定めがあるものを除き、資本等取引以外の取引にかかる当該事業年度の収益の額である旨定められている(同法二二条一、二項)。そして、右の当該事業年度の収益の額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されるべきものとされている(同条四項)。したがつて、法人の所得の算定にあたり、当該収益がどの事業年度におけるものであるかを決定するについても、公正妥当な会計処理の基準に従うべきものと解するのが相当である。ところで、近代企業にあつては、複雑な取引形態の下に多数の債権債務が同時に併存する実情にあるため、会計処理上、いわゆる現金主義によつてはとうてい正確な損益を把握することができないから、これによることは適当でなく、いわゆる権利確定主義ないし権利発生主義によるのが公正妥当な会計処理の基準に従う所以であるというべきである。

(二)  そこで、これを本件についてみると<証拠省略>および弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件契約に際し、本件賃借人らから前記のような高額な保証金等の預託をうけたが、右契約中には、契約の解除を含むあらゆる契約終了の場合において、本件賃借人らが原告に対し、右保証金の一定割合の金額ないし一定の金額を、各貸室を完全に原状回復するための「償却費」として支払うべき旨の約定があり、原告は、実際には契約終了のさい、右償却費相当部分を、預託を受けた保証金等から控除して、その残額を本件賃借人らに返還すれば足りることとなる、という契約関係にあつたことを認めることができる。

そして、償却費の支払方法について右認定と符合しない<証拠省略>は、<証拠省略>に照らし、措信できない。また、償却費支払義務の発生すべき場合について、<証拠省略>には、前記認定と異り、賃貸人の都合による契約解除の場合等には償却費の支払義務は発生しない旨の供述部分があるが、右は、前掲甲各号証の「契約解除又は終了の時」という無限定の文言および前記償邦費の性質等に鑑みて採用できない。

さらに、<証拠省略>によると、星野国際特許事務所との賃貸借においては、原告に預託された前記保証金は、契約期間である一五年間のうちの当初五年間は無利息とし、その間返還も要しないが、六年目以降一〇年間にわたり年賦で年二分の利息を付して償還すべき旨定められていることが認められるが、前記争いのない事実のほか<証拠省略>によると、原告は右保証金のほかに一一四万円の敷金の預託をうけており、契約終了のさい、原告としては右敷金から償却費相当額を控除して残額を返還すれば足りる関係にあることを認められ、この点においては、他の賃借人らとの契約と同じであるから、この場合のみを別異に考えるには当たらない。また、<証拠省略>によると、高速録音株式会社は、昭和四六年一月に本件契約を解除されて貸室から退去するに際し、償却費を支払わないこととして原告から保証金全額の返還をうけたことが窺われるが、<証拠省略>によれば、これは右会社が退去を承諾する際に償却費支払義務の免除方を申し入れ、原告においてこれを了承した結果であることが認められる。

したがつて、右の各事実は、いずれも前記認定の妨げとはならないものというべきである。

以上認定の事実によると、原告が本件賃借人らから預託をうけた保証金等のうち償却費相当部分は、契約の文言上はともかくとして、実質的には保証金等の預託をうけた時点においてもはや返還することを要しない金員であることは前記のとおりであるから、償却費債権は、停止条件付のものということはできず、むしろ、建物賃貸借において、契約締結に際し賃貸人が収受し返還を要しない性質の金員の支払いをうける債権として、権利金債権の一種と解するのが相当である。

(三)  そして、このような権利が確定するのは、法律上これを行使しうるようになつた時と解すべきであるから、権利金の一種である償却費債権は、その基礎となつた賃貸借契約が締結され、貸室の引渡しがあつた時に確定し、この時点において収益として計上されるべきものである。

ところで、<証拠省略>によると、原告と本件賃借人らとの本件契約においては、各契約を締結のうえ各貸室が賃借人らに引き渡された時期は、いずれも原告の本件事業年度内であつたことが推認され、この認定に反する証拠はないから、本件償却費債権は、本件事業年度中の収益に当たるといわなければならない。

なお、原告は、原告および本件賃借人らの保証金等に関する会計上の処理を根拠として、償却費債権が賃貸借契約存続中は発生しない旨の主張をしているけれども、償却費の性質およびそれと保証金等との関係が前認定のとおりである以上、原告のこの主張は採用することができない。また、星野国際特許事務所との賃貸借においては、償却費の額が賃料月額と定められていることは前記のとおりであり<証拠省略>によると、右賃料月額は、本件契約の終了時におけるものであることが窺われ、したがつて、右賃料は賃貸借終了時までの間に変動する余地がないとはいえないが、償却費債権自体は、本件契約の締結および貸室引渡しの時に確定しているものとみるべきことは前記説示のとおりであるから、その時点における賃料額によつて償却費を収益に計上することを妨げるものではなく、その後の賃料の変動は、後の事業年度の会計処理にまつべきものであるから、右の事実は前記認定の妨げとはならないものということができる。

三  以上判示の理由により、原告が本件賃借人らから本件事業年度に預託をうけた保証金等の中償却費相当部分一二九万九四〇〇円を本件事業年度における収益とし、これに基づいてした被告の本件処分に違法はないことが明らかであるから、その取消しを求める原告の請求は、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 加藤和夫 石川善則)

別表<省略>

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